大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(わ)1822号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕本件公訴事実は

「被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四四年一一月二〇日午後三時四〇分ころ、普通乗用自動車を運転し、東京都文京区小日向四丁目一番地先の交通整理の行なわれている交差点を、千川通り方面から大塚三丁目方面に向かい右折進行中、右折方向の交差点出口に設置されている横断歩道の直前で一旦停止後発進するにさいし、石黒謙一(当九年)外二名の児童が、右横断歩道上を横断途中、その側端付近にてねずみの死がいをみているのを約五、六メートル右前方に認めひきつづき、うち二名の児童が左方に横断し去つたので、右石黒謙一もこれに続いて左方に横断することが予測される状況にあつたから、同人の動静を注視して警音器を吹鳴し、同人との安全を確認後発進進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同人は横断しないものと軽信し、同人との安全を確認しないで発進し、時速約五キロメートルで進行した過失により、右石黒が同横断歩道側端を右から左へ横断をはじめたのを、約1.8メートルに接近して気づき、急制動の措置をとつたが間に合わず、自車右前部を同人に衝突させて道路上に転倒せしめ、よつて同人に、加療約三か月間を要する右大腿骨骨折の傷害を負わせたものである。」

というのである。

これに対し、被告人の弁解する事実は、概ねつぎのようである。すなわち、被告人は右日時頃、旧軽四輪乗用自動車(マツダキャロル)を運転して丁字路となつている前記交差点に千川通り方面からさしかかり、交差点入口で赤信号にしたがつて一たん停止ののち、青信号の現示にしたがい先行の普通貨物自動車に追従して発進し、右折して大塚三丁目方向に進行し、同方向にある同交差点出口の横断歩道の手前の停止線前に停止した。これは、当時、同横断歩道を左から右に向かつて一団となつた数名の歩行者が横断歩行中であつたからである。なお、先行車は右横断歩行者の間を警笛を吹鳴して停止することなく通過して行つた。ところで、右横断歩行者の中には、本件被害者石黒謙一を含めた三名の学童が混つていた。同児らは、いずれもランドセルを背負い、制服制帽姿で一見下校途中の通学生徒と認められたが、被告人が右停止線手前に停止した際、横断中の三名のうちの一名である鈴木隆が被告人の車輛の接近に気づき、被害者石黒に向かつて「車だよ、あぶないよ」と注意をうながすとともに、石黒をそのままにして他の一名とともに右方えの横断を一時断念して左方の歩道に戻つてしまつたが、被害者石黒はちらりと被告人車輛の方を見、被告人と目を合せたのち、そのまま右に歩行して横断歩道から約一メートル東方になる、被告人の右前方約5.6メートルの地点である都電軌道のうち一ばん左側のレールのすぐ左脇付近に大塚三丁目方向に向き、被告人に背を向ける格好でしやがみこみ、手にした棒でレール上のなにかをつつくようなことを始めた。これを認めた被告人は同人はそのまま右方に横断歩行していくものと考え、数秒間停止状態を続けたのち、同人の傍らを通過しても危険はないものと判断し、同人を注視しながら発進し、そろそろと約3.5メートル前進して車体が横断歩道上に半分位かかつたときに、しやがんでいた石黒が突如立ち上つて振り向きざま、やや斜め左後ろ方向に駈け出したので、危険を感じ急制動措置に出たが、1.85メートル位前進した被告人車輛の右前部に石黒が衝突して転倒したものである。被告人としては、被害者が、被告人車輛に事前に気付いていたのであるし、まさか、このような行動に出るであろうことは予想せず、しやがんでいる同人の約1.5メートル位脇を無事通過できるものと考え、同人の動静を十分注視しながらゆつくり前進したものであつて、運転者としての注意はつくしたつもりである、というのである。

ところで、証拠によれば、右弁解事実のうち、被害者石黒謙一が事故直前しやがんでいた位置について、同人ならびに証人鈴木隆が、それぞれ横断歩道を表示する白ペイントによる縞模様の内側であると述べ、また、被告人車輛の接近を被害者石黒謙一が気づいていたかどうかについては、同人および鈴木隆がこれを否定し、さらに、この点に関連して、被告人車輛が横断歩道直前で一時停止したときには、被害者石黒謙一はすでにレール脇にしやがみこんでいたものであり、鈴木隆ら他の二名は横断歩道にはおりていなかつた、と供述している点のほかは、ほぼ被告人の弁解事実を認めることができるばかりでなく、被害者のしやがんでいた位置についても、同人らが当時ねずみの死骸を都電に轢過させる遊びをしていたものであることから考えて、歩行者が通る横断歩道から少しはなれた場所、すなわち被告人の弁解するような位置であつたとの疑いが強く、また、被告人が横断歩道手前で停止したときの被害者やその二名の連れのいた位置も、被告人が交差点入口で青信号にしたがつて発進してから右停止地点までの走行距離が四〇メートルであること、被害者もその間に左側の歩道から他の歩行者らと混つて横断歩行を開始したことや、連れの鈴木隆が被告人車輛の接近、停止に気づいて被害者に「あぶないよ」と声をかけていること等から考えて、同人らの供述どおり、一方はすでにレール脇にしやがんでおり、他の二名は歩道上に残つたと認定するには多分に疑問があり、むしろ、被告人の弁解するような経過であつたと疑いうる余地が十分あること(検察官も、公訴事実において、被告人は三名の学童が一しよにいるところを認めたものと主張している)、したがつて、さらに、被害者は被告人車輛の接近したことに気づいていたとの疑いが強いものといわなければならず、要するに、本件においては、証拠上、被告人の弁解事実と異なる公訴事実をそのとおり認めることはできない。

そこで、被告人の右弁解事実を前提として、なお、検察官が主張するような注意義務があつたかどうかを検討するほかはないが、被告人は被害者の動静注視は十分につくしていたと認められるし、また、本件当時のつぎのような状況、すなわち、本件現場が自動信号機によつて交通整理の行われている大きな交差点の出口付近であり、都電の軌道敷を含めて車道幅員は計二〇メートルを越える大通りであつて、学童等がしばしば不規則な行動をして遊びまわるようなことが予想されるようなところ(たとえば露地等の裏通りとか、広場付近、あるいは団地内の道路等)とはまつたく異る場所であること、被害者らが当時九才の小学生で、しかも下校途中であつたこと(幼児ではなく、また、交通規則等の遵守を期待できる通常の通行人と目し得る者であつて、一見して交通秩序や危険にまつたく無関心な路上遊戯者といえるような状態にある者とは認められない)を考えると、前記弁解事実のような状況下における通常の自動車運転者に、しやがんでいる被害者が本件においてとつたような突飛な行動に出るかも知れないことまでも事前に予想すべきであるとすることは難きを強いることになるというほかなく、これを予見すべきであるとして構成されている検察官主張の注意義務はこれを認めることはできない、といわなくてはならない。なお、検察官の主張する警音器の吹鳴は、本来、本件のような状況下においてはそれ自体を業務上の注意義務としては認めることができない(なぜならば、ただ警笛を鳴らしてみても、相手がその警告を理解しないときには、他の注意、たとえば発進自体をさし控えるか、相手の近くで再び停止する等のことをつくさないかぎり結果回避は結局不可能であるからである)のみならず、かりに、そうでないにしても、被告人の弁解するように、もし、被害者が被告人車輛の存在に気づいていたとすれば、そのような歩行者になお義務として警告を与えるべきであるとすることはいささか酷といわなければならない。そして、被告人は、被害者のしやがんでいる姿をしばらく見届けたうえ、これを注視しながら、五キロ程度のきわめてゆるい速度で前進し、被害者の突然の動きを認めるとただちに急制動措置をとつているのであるから、この経過にも通常の自動車運転者としてとるべき態度に欠けるところはないと認められる。

このように、被告人には、本件証拠上否定し得ないその弁解事実のような状況下においては、検察官がこれとやや異なる公訴事実において主張するような業務上の注意義務を肯定することはできないし、その他、本件の結果を予見し、またはこれを回避すべき注意をつくすことを怠つたと認めることもできないというほかなく、結局、本件においては犯罪の証明がないことに帰するので刑事訴訟法第三三六条により、被告人に無罪の言渡をすべきである。(佐野昭一)

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